――ドリルを増やしても学力は伸びない
近年、「基礎学力の低下」が繰り返し指摘されています。
そのたびに出てくる処方箋は、決まってこうです。
- もっとドリルを
- もっと反復を
- 探究や話し合いは後回しに
けれど私は、ここに大きな誤解があると感じています。
問題は「ドリルが足りないこと」ではありません。
そもそも支えている土台が崩れているのです。
「基礎」「基本」という言葉が、すり合っていない
学校現場では、こんな言葉がよく使われます。
- 「基礎ができていない」
- 「まずは基本を固めてから」
- 「基礎基本の徹底が必要」
けれど実は、
人によって指している中身がバラバラです。
- 計算が速いこと?
- 漢字が書けること?
- 教科書を読めること?
- 粘り強く考えること?
このすり合わせがないまま議論すると、
「ちゃんとやっているのに、なぜ伸びないのか分からない」
という空回りが起きます。
基礎学力は「三層構造」で考える
そこで提案したいのが、
基礎・基本を三つの層で捉える視点です。
【第1層】言語・記号の基礎(すべての学びのインフラ)
定義
問題文や説明文を、正確に読み取る力。
具体例
- 主語と述語が分かる
- 「しかし」「つまり」など接続詞の働きが分かる
- 指示語(これ・それ)が何を指すか追える
この層が弱いと、
算数でも理科でも社会でも、
「何を聞かれているのか分からない」状態になります。
新井紀子さん(RST)の調査では、
公立中学卒業生の約3割が、教科書の短文を正確に読めていない
ことが示されています。
【第2層】教科固有の基本(知識・技能のパーツ)
定義
意味を伴った知識・技能(スキーマ)。
具体例
- 計算ができるだけでなく「なぜそうなるか」を説明できる
- 用語を暗記しているだけでなく、関係性を理解している
今井むつみさんが指摘する
「熟達化の罠」とは、
できているように見えるが、意味は理解していない
という状態です。
ドリルを積んでも応用が効かないのは、
この層が「作業」になってしまっているからです。
【第3層】思考のための基礎(エンジン)
定義
メタ認知・粘り強さ・推論の習慣。
具体例
- 「なぜ間違えたのか」を考える
- 別の方法を試そうとする
- 既習事項と結びつける
この層は、
安心して間違えられる環境がないと育ちません。
なぜ「ドリルだけ」では逆効果になるのか
第1層が不安定なまま、第2層のドリルを重ねると、
次のような負のループが起きます。
- 意味が分からないまま作業をする
- できた/できないの理由が分からない
- 「自分は頭が悪い」と思い込む
- 挑戦しなくなる
これは能力の問題ではありません。
認知の土台が整っていないだけです。
学びを支える「心理的土壌」
三層構造を下から支えているのが、心の状態です。
- 自己肯定感
「自分はここにいていい」という安心感 - 自己効力感
「自分は読める・分かる」という実感 - 学ぶ意欲
「やってみよう」と思えるエネルギー
特に重要なのは、
第1層(読解)が保障されること。
「自分の力で読めた」という経験が、
自己効力感を一気に高めます。
大人にできる、具体的な手立て
第1層(読解)を支える
- 問題文を
「条件」「操作」「問い」に分解する - 指示語が何を指すか必ず確認する
- すぐに「つまり〜」と翻訳しない
第2層(基本)を深める
- 公式の前に「なぜそうなるか」を問う
- 図・言葉・数式を行き来させる
- 「教える役」を子どもに任せる
第3層(思考)を育てる
- 正解より「どう迷ったか」を共有する
- 間違いを「成長の途中」と扱う
- 自分の理解度を点数で見積もらせる
結論:学力回復の出発点はここ
学力を立て直すために必要なのは、
- ドリルを増やすこと
ではなく - 「自分で読み取れる」経験を、全員に保障すること
基礎とは、
「できる子がさらに伸びるためのもの」ではありません。
すべての子が、考える入口に立つための土台です。
参考文献(引用)
- 今井むつみ
『学力喪失―認知科学による回復への道筋』岩波新書(2024)
『「何回説明しても伝わらない」はなぜ起こるのか?』日経BP(2024) - 新井紀子
『AI vs. 教科書が読めない子どもたち』東洋経済新報社(2018)
『シン読解力』東洋経済新報社(2025)

