コミュニケーションが苦手なのは誰?「ダブル・エンパシー問題」から考える、本当の歩み寄り

ふと感じた「違和感」

療育や学校で、ASD(自閉スペクトラム症)やADHDの子どもたちが「コミュニケーションスキル」を一生懸命学んでいる姿をよく目にします。

でも、ふと疑問に思うことはありませんか?

「コミュニケーションが得意なはずの『フツウの人たち』が、歩み寄るスキルを身につけた方が早いのではないか?」

「どうしてそれくらいできないの?」と詰め寄ったり、思い通りにいかないと無視をしたり……。実は、コミュニケーションに課題を抱えているのは、マジョリティ(多数派)の側でもあるのかもしれません。

「ダブル・エンパシー(二重の共感)問題」とは?

皆さんは、「ダブル・エンパシー問題」という言葉を聞いたことがありますか? 心理学者のダミアン・ミルトンが提唱した、とても大切な考え方です。

ダブル・エンパシー問題(Double Empathy Problem)

「ASDの人が定型発達の人の気持ちを理解できない」のではなく、「定型発達の人もまた、ASDの人の感じ方や考え方を理解できていない」という、双方向のズレを指す概念。

つまり、どちらか一方が「欠けている」のではなく、「持っているOS(基本ソフト)が違う」だけ。それなのに、少数派の側だけが「お前のOSを多数派に合わせろ」と修正を求められ続けているのが、今の社会の現状です。

「フツウ」のコミュニケーションの脆さ

マジョリティのコミュニケーションは、多くの場合「空気を読む」「言わなくてもわかる」という曖昧なルールに依存しています。

このルールが通じない相手に出会ったとき、感情的に攻撃してしまったり、拒絶してしまったりするのは、実はマジョリティ側の「コミュニケーションの柔軟性」が不足している証拠でもあります。

「なぜできないの?」と問い詰める前に、「どうすればお互いに伝わるか?」を考える。その心の余裕こそが、本当の意味での「コミュニケーション能力」ではないでしょうか。

スキルよりも大切な「心の土台」

コミュニケーションは、決して「コスパ」や「タイパ」で測れるものではありません。

根気強く相手と向き合い、お互いの納得できる「折り合い」を探ること。そのために必要なのは、高度なテクニックではなく、次のような「心の在り方」だと私は思います。

  • 愛情深さと寛容さ: 違いを「間違い」と決めつけない。
  • 問いの転換: 「なぜできない?」を「どうしたら助け合える?」に変える。
  • 根気強い尊重: 相手を自分と同じ一人の人間として、等身大で向き合う。

まとめ:歩み寄りのスタートライン

「得意な側」が少しだけ想像力を働かせて、歩み寄るためのスキル(具体的な伝え方、特性の理解など)を学ぶ。

それだけで、救われる子どもたちや大人がたくさんいます。

どちらかが一方的に努力するのではなく、「違うOS同士、どうやって快適に通信しようか?」一緒に作戦会議ができるような、そんな優しい社会にしていきたいですね。