自由になりすぎたからこそ、迷う私たち
「昔よりも正解を求めてしまう」という感覚。 実はこれ、今の日本社会全体を覆っている切実な空気感ですよね。
昔(昭和〜平成初期)は、良くも悪くも「レール」が太くて強固でした。 「いい大学に入り、大きな会社に入れば一生安泰」という、社会が用意した「たった一つの正解(モデルケース)」を信じていればよかったんです。
それがなぜ今、これほどまでに「正解」を必死に探さなければならなくなったのか。 その理由は、皮肉にも「自由になりすぎたから」だと言えます。
私たちが「正解」に縛られる4つの理由
昔は情報が限られており、周りの人と同じように生きることが正解でした。しかし今は、SNSやネットで世界中の「成功者」や「多様な生き方」が可視化されています。
- 昔: 近所の人の生き方が手本。迷いが少ない。
- 今: 無数の選択肢がある。「自分で選べる」反面、「間違った選択をして損をしたくない」という強烈な恐怖(機会損失への恐怖)が生まれています。
常に誰かとつながっている現代は、自分の選択が常に「いいね」や「フォロワー数」という数値でジャッジされる環境です。
- 自分の直感よりも、「他人にどう見られるか」「外さない(叩かれない)選択はどれか」を優先せざるを得なくなっています。
- SNS上の「キラキラした成功例」が標準に見えてしまい、それ以外の道が「不正解」のように感じられてしまうのです。
今の社会は、一度レールを外れると戻るのが難しい、あるいは一度のミスをネットでずっと叩かれ続けるような、不寛容な側面があります。
- 昔: 景気が良く、多少失敗しても「次がある」という楽観的な空気。
- 現在: 経済的な停滞もあり、「一歩間違えたら終わり」というプレッシャーから、「最初から唯一の正解(安全な道)を選ばなければ」という思考に陥りやすいのです。
学校教育でも、効率化が進んだ結果、試行錯誤(無駄な時間)を省き、最短距離で「正解」にたどり着くことが評価されるようになりました。
テストの点数だけでなく、内申点や「推薦入試の対策」など、「どう振る舞えば合格(正解)をもらえるか」を常に計算する癖が、今の子供たちには染み付いています。
まとめ:私たちは「地図」のない時代にいる
昔は「一本道の地図」がありましたが、今は「広大な荒野」に放り出された状態です。
地図がないからこそ、私たちは不安になり、誰かが決めた「正解」というコンパスを探してしまいます。でも、本来「生き方」に正解はありません。
もし、お子さんが「正解がないと動けない」と苦しんでいるなら、まずは「失敗しても、お父さん(お母さん)は味方だよ」という安心感(安全基地)を作ってあげてください。
それが、苦しい「正解探し」から脱却するための、何よりの第一歩かもしれません。
